ガラスの棺 第31話


『おやめなさい!この争い、私が預かります。双方とも引きなさい!!』

その声には、一切の迷いも恐れもなく、凛とした力強い言葉が辺りに響き渡った。
その声は、とても懐かしく、思わず幻聴かと思ってしまった。
だが、続く言葉で幻聴では無い事を知った。

『これ以上の争いは私が許しません!ユーフェミア・リ・ブリタニアの名において命じさせていただきます、双方とも下がりなさい!』

オープンチャンネルに割り込む形で発せられたそれは、最初は声だけが聞こえていたが、やがてモニターにその声の主の映像が映し出された。
そこにいたのは紛れもなくこの声と名を持つ人物。
桃色の髪に白磁の肌の美しくも可憐な女性は、確固たる意志を持ってその瞳に怒りと悲しみを宿し、こちらを睨みつけていた。

「・・・ユーフェミア、様・・・」

真っ先に衝撃から立ち直ったゼロは、その名前を口にした。
すでにこの世から旅立った大切な女性の名を。
その声が聞こえたのだろう、ユーフェミアはにっこりと、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。それは生前彼女がよく浮かべていた笑顔で、とても他人の空似や誰かの変装だとは思えなかった。

『お久しぶりですゼロ。お話したい事は沢山ありますが、いまは他にすべき事があります。そちらに今からKMFを1騎向かわせますので、着艦許可をお願いします』
「KMFを?」

幻を見ているのだろうか?
あまりにもユーフェミアそのままの女性は、ゼロに対して優しい微笑みのままそう告げたあと、モニターからその姿を消した。待って、行かないでと無意識にモニターに手を伸ばした時、カレンの声が耳に響いた。

『見て!あそこ!』

カレンの示した先には、見覚えのある戦艦があった。これほど至近距離になるまで気付かなかったと言うことは、新生アヴァロンと同じくステルスと光学迷彩で姿を消していたのだろう。上空に現れたのは、アヴァロンだった。
そのアヴァロンから1騎、新生アヴァロンめがけてKMFが降下してきた。
敵か味方か解らず攻撃姿勢を取ると、呆れたような声が帰ってきた。

『お飾りの言葉が聞こえなかったのか?間違っても攻撃するなよ』

それは、行方不明になっていたC.C.の声だった。

「C.C.、彼女は!」
『話は後だゼロ。ジェレミアはいるか?』

ユーフェミアの事は後だと切って捨て、C.C.はジェレミアに声をかけた。

『ここにいるが、C.C.、これは一体・・・』
『後だと言っただろう。すぐにアヴァロンに行き、ユーフェミアにキャンセラーを』
『・・・!承知した!』

ジェレミアはKMFを駆り、上空のアヴァロンへ向かった。C.C.は新生アヴァロンの降り立つと、すぐにフレイヤの風穴から艦橋へと向かった。

「待てC.C.、今彼女にかけられているギアスって」

ゼロは完全に動揺し、ゼロではなくスザクとしてC.C.に声をかけていた。
ユーフェミアにキャンセラーを。彼女は間違いなくそう言った。ルルーシュも認めていたし、シュナイゼルの調査でもその可能性が高いとされていたが、C.C.もまた今認めたのだ、ユーフェミアにギアスが掛けられていたことを。
そして彼女に掛けられているギアスを解くようにと命じたのだ。
問いたださなければと、蜃気楼は急ぎC.C.の元へと移動した。

『話は後だと言っただろう。私は先に確認することがある』

C.C.はKMFを降りると、そこにいる者達には目もくれず、棺へと向かった。床と壁に固定された棺を覗きこみ、中を確認すると後ろからついてきたゼロに向き直った。

「このロープを外せ、棺を開ける」
「棺を!?」

C.C.の言葉に、周りにいた者達はざわめいた。

「そうだ。この蓋を開ける」

そう言うなり、ロイドたちでさえ開けることの出来なかった棺の蓋を開けるため、底に近い部分にあった小さな隙間にカードを差し込んだ。すると、パスワード入力用のパネルが現れた。C.C.は迷うこと無く指を動かしながら急げとゼロをせかした。
棺が開く。
ようやく状況を理解したゼロは、ジェレミアとカノンが苦労して撃ち込んだ楔を難なく引きぬき、巻きつけていたロープを外していく。その間にC.C.は何重にも施されていたパスワードを次々と打ち込んでいく。そして、拘束を解かれた棺の蓋に手をかけたC.C.は、ゆっくりとその蓋を持ち上げた。この超硬ガラスは、見た目に反して軽い。普通のガラスよりも軽いため、女性の手でも持ち上げることは可能だった。 ひんやりとした空気が棺から流れでてきて、外気温との差で白い蒸気があたりに広がった。ルルーシュの遺体はロイドたちの解析通り低い温度で保存されていて、それが遺体の腐敗を防いでいたのだ。久しぶりに外気に曝されたルルーシュの遺体は気温の差で発生した僅かな空気の流れで、錦糸のような髪やまつげが僅かに揺れ動き、まるで彼が生きていて眠っているような錯覚を起こした。 C.C.は迷うこと無くルルーシュの頬に触れ、首に触れ、心臓に耳を当てた。 それはどうみてもルルーシュが生きているかどうかを確認しているようにしか見えなかった。

「ユーフェミアのような反応はなさそうだが、装置は壊れていないし、保存状態は良好。となれば、可能性はゼロではないな」

ユーフェミアのような。
まさか、と全員は息を呑んだ。
そう、嘘や冗談を嫌うC.C.は、あの女性をお飾りと呼び、ユーフェミアと呼んだ。ギアスを解除しろとも言った。それは彼女が本物のユーフェミア・リ・ブリタニアだということを示していた。影武者でも、変装でも、偽物でもない。6年前のあの日、ゼロの手で殺害された本物のユーフェミア皇女だと。
だが彼女の死はスザクもロイドもセシルも確認している。
間違いなくあの日あの時死亡していた。
それらから導き出される答えは一つ。
それに気づき、ざわりと肌が粟立った。

「今お前をCの世界から引き戻してやる。だから起きろ、ルルーシュ」

C.C.は迷うこと無くルルーシュの遺体にくちづけをした。

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